雑感

「良い」とされることを出来なくても大丈夫!

 子供を育てる際には母乳、子どもの食べ物の好き嫌いを直そうとする、読み聞かせがいい・・・子育て中の人ならば先のことを意識するであろうことでしょう。

 ちなみに私は、諸所の事情から人工ミルクで育ち、姉は母乳で育っています。しかし姉は虚弱体質、私は保育園から高校卒業するまで皆勤賞、今も人並外れた体力を維持しています。つまり、「良い」とされることは一要因に過ぎないのです。持って生まれた遺伝等々、他の影響もかなり強く出るのです。

 これは勉強も同じ。「良い」と言われることを実行できるならばすればいいでしょう。しかし、親子ともにストレスになって親子関係が悪くなってでも「する」方がいいものって・・・さほどないのでは?と思うのです。

 国語をはじめとして、あらゆる科目に有効な勉強法として「音読」が叫ばれている今日この頃。確かに目で見て声に出して・・・となると五感をフル活用することになり、良いことずくめっぽいですよね?!

 しかし、目で読むよりも声に出すと「時間が異常にかかる」のです。そもそも文章を読むのが苦手、嫌いな子にとって難解なそれでいて超長文を音読させるというのはある意味「苦行」に他ならないと言いたいです。

 はっきり言います。「音読神話」にがんじがらめになって苦しんでいる親子・・・意外と多いのです。まるで母乳神話に悩んでミルク育児していることに罪悪感を覚えている母親状態に陥っています。

 ちなみに・・・私は、今も昔も音読が嫌いです。私自身に関しては視覚優先で情報を処理するという性質が影響していると思いますが💦それゆえ、パッと目で瞬時で文章を読むことができますし、音読しなくても成績は良かったです。

 私はある意味、例外かもしれません。しかし無理やり「良い」と言われることを子供に強要して、国語そのものが嫌いになるという最悪パターンだけは避けてほしい!ただそれだけです。何事もできるはんいで「良い」と言われることを工夫しながらやっていけばOKです。

-雑感

© 2022 作文110番