鑑賞

どんな立場で書く?

 「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」(訳)「男だって書くと言う日記というものを、女の私も書いてみようと思って、書くことにする。(林望訳)」

 これはかの有名な紀貫之の「土佐日記」の冒頭部です。作者である貫之は女のふりをして土佐日記を書くのです。

 ある意味「なりすまし」です(笑)。では、「なりすまし」という形をとることによってどんな利点があるか?

 ①貫之の職である「国司」について冷静に書くことが出来る(☜若干、批判めいたことを書くことが出来る)。

 ②①同様に、国司(自分)を持ち上げることが出来る。

 文中では「守がらにやあらむ・・・」と、国司である自分の人柄がいいからであろうか?本来ならば送別会などしない場合が多いけれど、格式高い餞別の宴を開いてもらう。。。と書いて、自分のことを持ち上げて(褒めて)います。

 他にもいくらか利点がありますが、私個人としては上記の2点が一番大きいと思います。「なりすまし」とまではいかなくても日記≒ブログをハンドルネーム、詳しい素性を明かさない状態で書くことによって「自由に書く」ことが出来るのです。 

 いくら「自由」だからと言って人を貶めたり、人を不快にさせることを書くことは言語道断ですが。

 文章とは…書き方のみならず「どんな立場で書くか?」を意識することによってますます楽しくなると実感している今日この頃です。

 

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