「相撲の土俵に女性はあがれない。これは男女平等の話ではなく、大切に守られてきた伝統の話だ」
先日耳にしたこの言葉に思わず膝を打ちました。何かと問題になる「男女平等」という四文字。もちろん、不当な格差を正すことは不可欠な時代の要請です。
しかし、あらゆるものをその物差し一本で測り削り取ってしまって良いのか?そもそも可能なのか?と常日頃、感じている私。
生物としての役割が違えば、文化が育んできた形もまた、同じであるはずがありません。 土俵を神聖な儀式の場として守り抜くことは、決して排除の論理ではありません。
それは、合理性だけでは説明のつかない「聖域」を、あえて残すという文化の覚悟です。 機能の違いを認め、役割を尊び、受け継がれてきた背景や文化に敬意を払う。
部分的な「正しさ」に固執して全体を壊すのではなく、 悠久の時を俯瞰する「心の余白」こそが、今、私たちに求められている柔軟さではないでしょうか。
なんでも平等、という言葉の裏で私たちは大切な情緒を見失っていないか。 そんなことを考えさせられる首相の発言でした。