AIが飛躍的に進化する現代、学びのあり方は大きく変わろうとしています。先日読んだ記事(以下)に思い切り考えさせられました。特に「教える」という仕事において、「人間に教わる意味」が問われているように感じます。
かつては「分からないことは先生に聞く」が常識でしたが、今や多くの知識はAIが瞬時に教えてくれます。そうなると、「ただ知識を教えるだけ」の塾や、逆に「教えないことが売り」の塾の存在意義さえ問われかねません。
実際に私自身、はいわゆる「手段、方法、知識」を得たいときは今や「人」ではなく、AIに頼っており本当に助かっています。人に聞くよりもAIの方が早い&楽だからです。相手によってはいわゆるどうでもいい「雑談」をしなくてというプレッシャーもありますし💦
さて、だからこそ国語的思考が生きてくるのです。文章を「読む・書く・考える」という行為は、単なる知識の習得に留まらず「どう表現するか」「どう他者と関わるか」といった人間としての土台を培うことにつながります。
そして、これからの指導者に求められる本質的な力も、まさにここにあると思います。>つまり、これからの「指導力」とは、単なる情報の伝達ではありません。AIでは決して補えない「言葉を深く探求する力」「想像力養うこと」が国語教育の必要性だと考えます。
それゆえ、私たち教育者は自らの指導を常にアップデートし続ける必要があります。そうでなければ、時代に取り残されるだけでなく、未来を担う子どもたちの可能性をも狭めてしまうことになると考えさせられる記事でした。