雑感

「中立性」と「偏り」

 政治や思想について語ることは、時に非常にセンシティブだと感じます。もちろん、思想の自由は尊重されるべきですが「○○は◆◆だ」と断言し、まるで自分の意見が絶対的な真実であるかのように語る姿には、正直なところ恐怖を覚えることがあります。

 先日、衆議院選挙があった影響か、Aさんは参政党を熱烈に支持し持論を展開。かたや別の機会では、Bさんが私に「まさか参政党を応援していないよね?」と私に問いかけた後に少々難しい持論を滔々と語り始めました。

 私としては「中立」でいたい&極論には同意しかねます。このような状況は現代社会において珍しいことではありません。しかし「国語」という教科、特に教科書や模試の問題においては、この「偏った考え」や「極端な主張」は、ある種のタブーとされています。

 なぜなら、教育の場では、特定の思想やイデオロギーを押し付けるべきではないからです。そのため国語の長文読解問題や小論文の課題文、そして選択肢において「極端な内容」や「特定の立場に偏りすぎた意見」が正解となることは、ほとんどありません。

 むしろ、そうした極端な内容となっている選択肢こそが、誤答である可能性が高いのです。物事を多角的に捉え、冷静に判断する力、自分の意見を持つことと、他者の意見を尊重することのバランスが重要だと国語を通して実感してほしいなと思う今日この頃です。

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