最近、AIの進化が教育や仕事のあり方を根本から揺さぶっています。例えば以下の記事・・・。
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015022901000
同業の先生方の中には「人間に何ができるのか」と頭を悩ませる方もいます。しかし、便利な道具が普及したからといって、人間が培ってきた「不便なプロセス」が消えるわけではありません。
たとえば、最新の自動洗濯機。 ボタン一つで乾燥までこなす魔法のような道具ですが、しつこい泥汚れまで完璧に落とせるでしょうか? 本当にきれいにしたいなら、今でも自分の手でゴシゴシと「下洗い」をします。
つまり、便利なものは決して「万能」ではないのです。 AIという便利な洗濯機に任せる部分と、人間が泥を落とす「手洗い」の部分を明確に分ければいい。
AIにはできない、自分の頭でゼロから考える力。 既存のデータにはない突拍子もない角度からの発想。 そして、その道具を「どう正しく使うか」という判断。
これからの人間に求められるのは、AIの補いきれない「泥臭い思考プロセス」を担うことです。 便利な道具に振り回されるのではなく、「答え」をAIに求める前にまず自分の頭でどう「問い」を立てるか。
その「問い」の立て方などなどを指導するのが指導者の役割としてまだ残っているのでは?と思う今日この頃です。