雑感

大学改革と人間力

 産経新聞の以下の記事を読み、思わず考え込んでしまいました。

👉大学補助金の「傾斜配分」に文科省が難色 財務省が見直し要求

 財務省は「効果的な予算配分を」と主張し、文部科学省は「大学の多様な役割に目を向けて」と応じる――どちらの言い分にも一理あります。教育の質を担保しつつ、税金の使い道にも責任を持つ。簡単ではないテーマです。

 ここで私が個人的に思うのは、「学力」や「研究成果」だけで大学を評価する時代は、もう限界にきているのではないかということです。

 大学は、専門知識を学ぶ場であると同時に、「人としての土台を育む場」であるべきです。例えば、社会で必要とされるマナーや礼節――挨拶の仕方、時間を守る姿勢、相手を思いやる言葉遣い、場に応じた振る舞いなどを、若者が安心して学び、実践できる場所としての大学に、もっと光を当てるべきだと感じています。
 
 いわゆる勉強は出来るけれ人としてどうなの?というタイプが少なからずいます。そういうタイプは遅かれ早かれ淘汰されています(むろん、本人が途中で気づいて成長すれば話は別ですが)。
 
 逆に勉強はいまいちだけれど人間的に魅力的な人こそが長い目で見たときに重宝されています。学歴が高いだけでは社会で通用しない時代、基礎的な人間力こそが、AIでは代替できない「人材力」として求められていると感じます。

 補助金の配分方法を議論するのも大切ですが、その根底にある「大学は何を育てる場所か?」という問いに、今こそ立ち返る必要があると思うのは私だけでしょうか?

-雑感