古文

効率重視ですが何か?

 古文や漢文の勉強で、「日本語訳をすべてノートに写す」というやり方、今も見かけることがあります。でも本当にそれ、必要でしょうか?

 今はネットや書籍で、信頼できる現代語訳をすぐに手に入れることができます。その中から「自分にとってわかりやすいもの」を選んで読むだけで、かなり理解が深まります。

 ところが、30年ほど前はネットなんてもちろんありません。当時は、先生が板書した訳をノートに写す、あるいは自分で訳して丸写しする、そんなスタイルが主流でした。

 でもそれは「理解する」よりも「作業する」ことが目的になりがちでした。私自身、その方法に疑問を感じ・・・自分で本屋さんに行って納得できる訳が載っている本を買ってきてひたすら読んでいました。

 どんなに一生懸命ノートをまとめても、頭に残っていなければ意味がないと思うんです。むしろ、読む・考える・必要な部分だけを写すという流れのほうが学習としてはずっと効率的です。

 今は便利な時代。検索すれば、解説動画や訳文もすぐ見つかるので、それらを活用しつつ、「理解」を優先した勉強法を選びましょう。時間をかけて「勉強した気分」にならないよう、写すことが目的にならないように。

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