まただ・・・。思わず私は既視感を覚えました。今年も!!ある人から、受験英語に対応できる先生を紹介してほしいと言われたのです。ヒアリングをして、速攻で受験英語に対応してくださる先生をご紹介しました。ちなみにある人の子供さんは長年「英語」のプロから指導を受けています。
英語では、こういう相談が本当に多いです。毎年のように相談を受けます。英語の本質を学ぶことと受験の英語は微妙にズレがあり、いわゆる英語の本質について教わっている場合は受験が近くなったら「受験英語」も意識する必要があります。
音読、乱読等々は英語、国語に共通で大切ですし、作品そのものに親しむことは勉強の本質です。しかし「受験英語」「受験国語」に対応するためにはそれなりにテクニックも必要かなあと私は考える派です。とはいえ、受験テクニックを好まない指導者が一定数いるのが現状で・・・。
物事の本質を無視するのは邪道だという考えはごもっともです。しかし、テクニックというものは英語であれ日本語であれ、文章の本質に基づいた方法なので私はテクニックそのものが悪いとは私は全く思いません。
国語も英語も一行ずつしっかりと音読をして意味を訳して鑑賞する・・・という余裕がない、綺麗事じゃなく、やっぱり1点でも2点でも合格点に近づく点を取らなきゃいけない状況ではいわゆる「効率」も必要かなと私は考えます。それゆえ、毎年のように国語指導をしている私に英語の相談も持ち込まれます💦
ちなみに国語・・・、特に文章においては「本質」と「受験」の乖離は少ないので本当に指導してて楽しいですし、受講する側としても受験勉強がそのまま日常生活等々にも役立つことなので勉強しがいがあると思います。国語でよかった~~~!!というよりもこの「乖離のなさ」ゆえに私は国語に特化しました🖊