雑感

「やりきる」という通過儀礼

 私(森下)は、一度決めた目標に対して異常なほどストイックに突き進むタイプです。 周りからは「執着している」「もっと楽になればいいのに」と言われることも多々あります。

 確かに、現実をあるがままに受け容れてしまえば心はふっと軽くなるでしょう。

 しかし、私は言いたい!私が思う「受容」とは、単なる諦めや逃避ではない、と。 「ここまでやりきった」という自分なりの限界点に到達して初めて、 人は心から納得して次の一歩を踏み出せるのだと。

 昨今、巷では「頑張らなくていい」「努力は不要」という言葉だけが 独り歩きしているように感じます。 もちろん無駄な苦労は避けるべきですが、そこには 「やるべきことをやり遂げた」という前提が必要ではないでしょうか。

 私自身、30年以上教育の現場で日本語や小論文を指導してきましたが、 がむしゃらな根性論を押し付けたいわけではありません。 むしろ、無駄な努力で時間を溶かしてほしくないからこそ、最短ルートや効率的な学習法を、誰よりもシビアに伝えてきました。

 それゆえ同業者から「効率重視の勉強法はおかしい」的な批判的な目で見られたこともあります。最短距離を全力で駆け抜け、自分の限界まで手を尽くす・・・。

 その果てに待っている「受容」こそが、 自分を次のステージへと押し上げてくれる本当の強さだと信じて走り続ける私です。


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