紹介・連絡 鑑賞

めいわくって?!

 

 「おたがい、めいわくをかけあっていると思いながら、生きていくほうがよい。もっと問題なのは、他人にめいわくをかけないように、という生き方のほうである。(中略)めいわくをかけているからには、おおいに他人を気にするべきだ。」(引用終わり)

 これは故・森毅(数学者・エッセイスト)氏のエッセイの一部です。それが入試問題として採用されていました。入試問題を具体的に紹介します。①森毅のエッセイ「まちがったっていいじゃないか」の一部を掲載②エッセイの内容を複数人で論じている文章
③①②を参考にして自分の意見を書くというもの。 森氏は「お互いに迷惑をかけずに生きることは不可能☞迷惑をかけていることを自覚する☞だからこそお互いに気遣いが出来る」と主張するわけです。 しかし森氏の文章をパッと読んだだけでは「迷惑をかけあうのはお互いに当然」と開き直って解釈してしまう人がいるのでは?という意見があるのも事。

 そもそもが「迷惑」の定義があいまいで、人によって「親切」に感じることを相手によっては「迷惑」と感じることもあるので難しいです。遠慮しすぎると相手からは水臭い・・・と思われることも。

 例えば知人・友人が入院しているとします。その場合は、私は本人かご家族に前もって都合を聞いてからお見舞いに行くかどうかを決めます。

 相手が社交辞令(本音ではない対応)をし、それに従ったことによって失敗したとしても自己責任ではないと割り切れますし・・・。

 逆に、私自身が入院等といった立場となったら「相手に迷惑をかけるからお見舞いを断ろう。」なんてことは思わず、「本音」で対応します。

 だから、いきなり見舞いに来る、あるいは遠慮してこない…のではなく一言「どんな具合?お見舞いに行っていい?」と尋ねて欲しいです。 

 まさに森氏の主張するように「他人に迷惑をかけないように」ではなく「迷惑をかけるのはお互い様なので、大いに他人を気にする(気遣う)」ことが大切だなあと改めて実感します。

 ちなみに「こんな(簡単な)ことを先生に質問したら迷惑かな?」と遠慮する生徒さんがたまにいます。疑問を残すよりもきちんと質問してほしいと私は思うタイプです。

 とはいえ、集団塾や予備校では講師が忙しすぎて質問しづらい・・・という空気があるのも事実です。そういう事情からも、私が提供するオンラインプログラムにおいては期間中は質問し放題としています。

 新しいオンラインプログラム講座、「試験に出る!中学国語」が出来上がり、それのリリースに向けて現在必死で頑張っています。こうご期待!

-紹介・連絡, 鑑賞

© 2020 国語・読書感想文専門塾