鑑賞 雑感

わらう

 「嗤う」を読めますか?これは「わらう」と読みます。「嗤(わら)ってくれ。詩人に成りそこなって虎になった哀れな男を。」というセリフが中島敦の「山月記」に出てきます。

 

 李朝が自嘲してる場面です。「笑ってくれ」ではなく「嗤ってくれ」表現することによって意味が伝わります。

 

 「嗤う(わらう)」とは、「あざけりの対象とする」という意味で、他者をおとしめたり、また自分を自嘲するときにも使われます。「嗤う」は、うれしい気持ちの表現である「笑う」と同じ音、発音で表現することが象徴的です。

 

 文学では小説のタイトルなどにもよく使われる「嗤う」は、人間の闇の感情を感じさせ「嘲笑」の語などとは違う、どこか割り切れない底知れない暗さが感じられるように思います。

 

 さて、私自身は日常生活において「笑う」「嗤う」の両方を行っているなあと改めて実感します。勿論「笑う」だけの生活が理想ですが、残念ながらそうとばかりはいかず・・・。

 

 ちなみに「笑う」ことでNK(ナチュラルキラー)細胞が増えるそうです。このNK細胞は、がん細胞をやっつけてくれる細胞で、このNK細胞の働きの強さを示すNK活性が低いとがんになりやすいという研究もあるそうで・・・。

 

 「山月記」の主人公、李朝は賢すぎる為「笑う」よりも「嗤う」ことが多く、発狂して虎になってしまいます。難しいことを勉強し、学び、自己を客観視することによって「嗤う」ことにつながるのでしょうが、「笑い」という余裕をも意識して持ちたいものです。

 

 

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