雑感

心を読む≠空気を読む

 「国語では自分の主観を入れてはいけないとは分かってるのですが、本文を読んでるときに『え?本当にそうかなあ?自分はそうは思わない』とか考えてしまうんです。」と某生徒がポロリと発言。

 「それはいいことなんだよ。作者の意見に対して分析すること自体は悪くないし、主観を持つのが悪いのではなく、解答に自分の主観を入れて答えるのがダメということだよ。」と伝えると納得してくれました。

 とっても純粋でまっすぐなその生徒は「自分は人の顔色や心を読むのが一番苦手なんです・・・・。」とネガティブオーラでのさらなる発言。「人の心を読めたら怖いよ・・・。読まれる方も読む方も。」と私は思わず言いました。。

 ハイ、勿論私だって人の心なんて完全には読めません。ある程度、予測や想像することはありますが「人の心を読めない・・・。」と生徒は言っていますが、少なくとも彼は「空気は読める」ので人が傷つくような発言などはしません。

 例えば複数人で、いわゆる有名店に食事に行ったとします。その時に「評判ほどには美味しいとは思わないなあ」という主観を持つのは否定されるべきことではないでしょう。

 それを口に出す(国語の場合で言うならば、解答として書く)の避けるべきだということ(一般的には)。どんな発想でも自由ですが、それを公表してよいかどうかを冷静に判断する(空気を読む)ことが要求されると考えます。

 それは、相手に対する思いやり・礼儀ですから。礼儀をわきまえてさえいれば人の心なんて読む必要はないし、読めなくて大いに結構!と思う今日この頃です。そして・・・改めて!国語では主観で答えを書かないこと!

 

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