雑感

「評価」の裏側

通知表“評価”の裏側  悩む学校現場や保護者…「究極は主観」の声も    2/17(月) 11:53配信   西日本新聞

 

 突然ですが・・・、上記は数日前の西日本新聞中のタイトルです。はっきり言って「究極は(先生の)主観」によって評価されることは今も昔も変わってません!!!評価する立場が「感情を持った人」なのである意味、仕方がない部分も・・・。

 かくいう私自身、指導者の主観の恩恵をあやかったこともあれば逆のパターンの両方を経験しました。まずは恩恵をあやかったパターンを紹介します。私は「音感」「絵を描く才能」は全くありません、皆無と言ってもいいぐらいです。

 しかし!!!中学校の通知表では音楽と美術は5段階の5、受験の際には10段階に変換で、美術は10だったそうです。嬉しい反面、「芸術」といった、ある意味好みに左右されるような分野の評価って。。。。???と複雑な気分になります。

 ではなぜ才能がゼロの私が通知表において良い評価をいただけたか?

 ①授業態度が真面目 

 ②技術を必死で習得したから 

 以上2点です。特に②は大きいです。才能はなくても、ある程度の評価をもらえるぐらいのレベルだと「技術」を習得することで何とかなるのです。「プロ」として活躍できるレベルには逆立ちしても無理ですが。

 ちなみに先生の主観ゆえに良くない評価をもらったパターンもあります。小中学とずーっと良い評価だった書道。高校では1学期にいきなりの悪評価を付けられました。私はどうしたか???

 
 2学期は「先生の好み」の字を書くように必死で努力しました。結果は・・・「良い評価」になりました。不条理かもしれませんがこれが現実なのです。文章もしかり・・・です。
  

 文筆家、小説家としてのレベルとなると生まれ持った「才能」「感性」が関係してきますが、少なくとも「相手に伝わる文章」「分かりやすい文章」を書くレベルの場合は「技術」を習得する、コンクール等では「好まれるパターン」を真似るだけなのです。

 訓練する時間やチャンスがないという場合は名文、新聞コラムなどを少しだけ意識して読むことを続けると有効だと思います。上手な文章、分かりやすい文章は見事に「型」に当てはまっているからです。「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。頑張りましょう。

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